トウモロコシ畑の子供たち①

我が家にあちこちに散らばっているBOOKSたち。コンビニで衝動買いしたジャンク本から、ちょっと奮発した重量級の写真集まで。捨てるに捨てられず、僕と一緒に引っ越しを共にしてきた愛すべきBOOKSたち。断捨離という名のもとに別れの儀式を行っております。


スティーヴン・キングの初短編集『Night Shift』2分冊の2冊目『トウモロコシ畑の子供たち』の前半をお届けします。手元にある文庫本は『深夜勤務』同様<扶桑社ミステリー>シリーズ#0021として1991年2月の第9刷版(初版は1988年7月)です。巻末には訳者あとがきの他に、"ラノベの始祖"なんて言われ方もしている新井素子さんの解説が収録されています。"贔屓の引き倒し"でこの仕事を受けちゃった、という彼女の気持ちはとてもよく分かります(笑) ある意味、この記事も同じようなテンションで書いているわけでw オッサンになった今、改めて読むとその独特の文体に「ぐぬぬ・・・」となりますが、締めのところで「解説などで、その作家の他の作品を紹介した以上は出版社は責任持ってそれを出版してほしい」といった苦言(?)も呈していたりして拍手喝采です。彼女がそう書いた1987年頃から、キングの作品がどんどん翻訳され日本の本屋に並び始めたような気がします(彼女が「まだ出ていないはず」と解説中で触れていた『クリスティーン』も、この年に出版)。

ということで、早速まいりましょうか。


「超高層ビルの恐怖」(The Ledge)

 〔<Penthouse>誌 1976年7月号掲載〕

テニスプレイヤーのノリスが、浮気相手マーシャの夫、クレスナーのペントハウスに呼び出され、彼と妻の浮気を見逃す代わりに、とある賭けを提案されるシーンから物語はスタート。43階のフロア全部を借り取っているクレスナーのペントハウス、その外壁をグルリと回って戻れたら、20万ドルとマーシャをノリスに渡すと言うクレスナー。そんな提案されたら個人的には絶対お断りですが、ノリスの場合は、断れば40年の刑務所暮らしとの二者択一だったため、渋々ノリスはその賭けに乗る決断をします。クレスナーも極悪非道な裏社会の大物のようですが、ノリスの肝っ玉も凄いです。

すがるものもない超高層ビルのわずか5インチ(12.7センチ)の出っ張り(原題の"Ledge"は、壁などから突き出ている棚状の部分のこと)に足を掛けて、一周するという(途中に出てくる敵は、鳩のみ!)、そんな話にそこそこの描写が費やされているんですが、それでも引き込まれていまいます。時折突き付ける風、眼下の風景、痺れていく足の感覚、手に汗握る鳩とのバトル(笑) ゾッとするドラマを創り出すのに、特別な世界は必要ないということをキングは常に教えてくれますね。ラストの締め方も絶妙。

▼この作品も1985年に『キャッツアイ』というアンソロジー映画の中で映像化されています。トレイラーを見る限り、映画ではクレスナーの最期は違う形で表現されているんですが、やっぱり原作の終わり方のほうが良いですね。


「芝刈り機の男」(The Lawnmower Man)

 〔<Cavalier>誌 1975年5月号掲載〕

いやあ、単純に気持ち悪い! 主人公ハロルドの末路はともかくとして、彼が呼んだ芝刈り業者の男が、とにかく気持ち悪いです(笑) なんとなく僕の頭の中のイメージは、バナナマンの日村さん(すびばせん・・・m(__)m)こんなの来たら、速攻警察に通報しちゃうと思うけど、それは死亡フラグということになってるんで、まあ、芝刈りは自分でするか知ってる人に頼みましょう、というそういう教訓でしょうか・・・。

▼これも1992年にニューラインシネマで映画化されてるんですが、後にキングが自分のクレジットを取り下げさせたくらい、原作とは似ても似つかない内容になっております。当時僕もVHSレンタルで見た記憶がありますが、ただ単にCG使ってみたかっただけなんじゃないのか、と思わずにはいられない作品でした。まあ、原作をそのまま映画化なんか、たぶん絶対出来ないです。

▼元ジェームズボンドのピアース・ブロスナンが出演してますが、よくこんな意味不明な脚本で仕事を受けたなあ・・・と。

ちなみに、日本では『バーチャル・ウォーズ』という名前で公開されましたが、DVDにはなっておらず、まあそれくらいのクオリティということですな・・・。


「禁煙挫折者救済有限会社」(Quitters, Inc.)

〔1978年 未発表作品〕

原題の"Quitter"というのは"仕事や義務などを最後まで努力せずに放棄する人"のことだそうで、そういう意味では分かり易い邦題にしてあるなあと思います。1970年の世界保健機関(WHO)の総会で、たばこと健康に関する最初の決議が行われ、世界各国政府に積極的な喫煙規制対策をとるよう勧告が出され、アメリカでは1973年に、アリゾナ州が国内で初めて"公共の場所における喫煙を包括的に制限する法律"を成立させたそうで、70年代は急速に禁煙に向けての流れが加速しつつある時代だったようです。そうした流れにいち早く着目したキングらしい発想のお話。キング自身も喫煙に苦しんだらしいですから。

タバコを吸わない人も吸う人も、両方の立場からゾクっとさせるストーリーが面白いです。こちらもまた、最後のオチが秀逸。

▼『超高層ビルの恐怖』と同じく『キャッツアイ』で映像化されています。ほぼほぼ原作再現している気がしますが、最後の描写はより視覚的に分かる形に書き換えられていたりしますね。まあ、この辺はやはり映像化する際のジレンマでしょうなあ。

▼ちなみにこちらの主役を演じるのは、1980年代前半に『ヴィデオドローム』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』『カリブの熱い夜』で人気を博したジェームズ・ウッズさんです。

ちなみに彼、IQが180もある天才で「世界で最も頭のいい10人」に選ばれた経歴の持ち主!


「キャンパスの悪夢」(I Know What You Need)

〔<Cosmopolitan>誌 1976年9月号掲載〕

コスモポリタン誌って、創刊当初は文芸中心の家庭誌だったんだそうですね。それが1970年代始めから女性向けの過激コンテンツ雑誌に変わったというので、その頃に掲載された作品ということになるのでしょう。この作品掲載の4年前の1972年には、当時無名だったバート・レイノルズの過激な見開きヌード(▼)なんかを掲載して、大炎上していたりもして、飛ぶ鳥落とす勢いだったコスモポリタン誌。

▼ちなみに"レイノルズ"つながり(笑)で、デッドプールでもパロられてたり、いろんな人がパロディしているので、この画像は4、50代アメリカンの間ではポピュラーなネタなんでしょうね。

あ、かなり話が脱線してしまいました(;'∀') 違う意味での"悪夢"をお届けしてしまったのかも。

原題をストーリーの内容に沿って訳すれば"僕は君の欲しいものを知ってるよ"ということになると思いますが、オカルトテイストの恋愛ストーリーとでも言うのでしょうか? どこか冴えない男、エドに徐々に魅かれていくその一方で、不安を抱えていく大学生、エリザベスの心の動きが描かれています。自分のことを恐ろしいほど理解してくれるエドに運命的なものを感じて、ハマりこんでいくエリザベスですが、オカルト要素が無ければ不通に恋愛ストーカー物の物語。そこに<ネクロノミコン>なんてワードが入ってくるのがキング流です(笑)

そして何より、最後はやっぱり女子は強い! 断ち切る時はスパッ!と。というのは日米変わらない傾向なんでしょうかね・・・。でもルームメイトがアリスでほんとによかったよ、ベス。


「バネ足ジャック」(Strawberry Spring)

〔<Ubris>誌 1968年秋号掲載〕

舞台はアメリカ、ニューイングランド地方。ニュー・シャロン大学という架空の大学で起きた謎の連続殺人事件。名前の無い主人公の一人語り形式で綴られる物語は、ちょっと声に出して読んでみたくなる幻想的な文章が随所に散りばめられていて、霧の立ち込める春の夜の怪しげな出来事を、より印象深いものにしてくれます。例えばこんな情景描写。

その晩も霧が出た。今度は、仔猫の歩みのようにではなく、音もなく、いわくありげな拡がりとなって迫ってきた。その晩、私は散歩した。(中略)そして、濡れたような、ぼうっと霞んだ春の匂いをかいだ。春は、冬のなごり雪をゆっくりとぬぐい去り、そのあとに、前は雑草が生えていたが、今は生命のとだえた空地を、まるで嘆き悲しむ老婆の頭のように、覆うものもないまま、荒れ放題にしていた。

キャンパスに押し寄せる濃密な潮の香りを伴う白い霧は、後の『ミスト』を思わせるし、ラヴクラフトの『インスマウスの影』を彷彿とさせますよね。舞台もニューイングランドだし、一人称だし。主人公が自分の本当の姿に気付くというエンディングもまたしかり。

"バネ足ジャック"というのは、実際に19世紀のロンドンをざわつかせた謎の愉快犯(基本的には女性を襲い服を剥いだり、胸を触ったりしたらしいです(-_-;) 一人だけ殺害されたという話もありますが)がそうで、それをモチーフにしつつもチラチラとクトゥルフ話的なものが見え隠れするのが、いかにもキングらしい(笑)

▼"バネ足ジャック"の話は、こちらに詳しく紹介されています。

バネ足ジャック―スプリンガルドと呼ばれた男

19世紀、霧けむるロンドン。 ヴィクトリア朝の夜を、奇怪な存在が闊歩した。 それは、よく人を襲い、よく跳ね、よく笑い、よく火も吹いた。屋根から屋根へ、闇から闇へ。 スプリンガルド――バネ足ジャック。それは、大英帝国黄金時代の怪奇な伝説。 孤独なシルエット、動きだせば 1838年。当時、世界最大の都市であった大英帝国の首都ロンドン。 二頭立ての馬車が石畳の上を走り、シルクハットを頭にのせた紳士が往来する。そんな時代の話だ。 その年の2月20日、ロンドン市街の東に位置するオールドフォード。ベアー・バインド小路に面したとある一軒家にて、来客を告げる呼び鈴が鳴った。 誰かが門まで来ていて、呼び鈴を鳴らしている。それは間違いない。 だが時刻は20時45分。外はすっかり暗かったし、市街地の外れにあっては通行人すら珍しい。こんな時分に、こんな場所にいったい誰が? アルソップ家の面々が顔を見合わせているうちに、また呼び鈴が鳴る。 家の娘、18歳のジェーン・アルソップは自分が応対することにし、正面玄関を出て、門へと向かった。 外は肌寒く、2月のしっとりとした闇が広がっている。そこに、男がいた。 闇に目が慣れずよく見えないが、どうやら外套をまとった背の高い男らしい。 ジェーンが近づくと、彼は自らが警察官であり、助けが欲しいという。 近くの小道でようやく『バネ足ジャック』を捕まえました、なにぶん暗いので、なにか明かりが欲しいのです――。 「わお」とジェーンは思った。ようやくヤツが捕まったのね。 ヤツは半年ほど前からロンドンを騒がせていた怪人で、若い女性を狙って出没し、服を裂いたり胸に触ったりと無法の限りを尽くしていた。ひと跳びで壁を跳びこえてしまう人間離れした跳躍力をもつ怪人――その出現、神出鬼没。その容姿、奇妙キテレツ。 好ましからざる社会の敵、女の敵、ロンドンの敵――そのバネ足ジャックがようやく捕まったのだ。 ジェーンは、急いで明かりを取りに屋内に取って返し――そうしてロンソクを手に警官の元へ戻り、そこで悲鳴を上げることになる。 頼りないロウソクの灯火に照らしだされた警官――彼の顔がゾッとするほど恐ろしいモノだったからだ。罠だ。 人間離れした『鬼』のような顔、その形相に浮き上がる赤熱した石炭がごとく真っ赤な二つの目。

オカルト・クロニクル


以上が、前半5作品となります。クラシックな匂いの漂う話から、コンテンポラリーなテーマの話まで実に幅広いのが、この『Night Shift』の特徴のような気がします。駆け出し時代の作品とはいえ、既に完成されつつあるキング風味が味わい深い。確かにどれもこれも映像化してみたくなるエピソードですよね。

後半はまた次の機会に!

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