深夜勤務②

我が家にあちこちに散らばっているBOOKSたち。コンビニで衝動買いしたジャンク本から、ちょっと奮発した重量級の写真集まで。捨てるに捨てられず、僕と一緒に引っ越しを共にしてきた愛すべきBOOKSたち。断捨離という名のもとに別れの儀式を行っております。


スティーヴン・キングの初短編集『Night Shift』2分冊の1冊目『深夜勤務』の後半をお届けします。(ややこしいな。言い換えると『Night Shift』の前半収録作品ってことですね)

(前半はこちらから)


「灰色のかたまり」(Grey Matter)

 〔<Cavalier>誌 1973年10月号掲載〕

缶ビールを飲むときに、つい中を覗いてしまうようになってしまうお話。あるいは、缶のまま飲むのを辞めてしまいそうなお話。日常の何気ない瞬間が、ホラーの入り口だということを教えてくれる作品となっております。

原題の『Grey Matter』は直訳すると"灰白質"、本来は脳の中枢神経系の神経組織の中で、神経細胞の細胞体が存在している部位のことだそうです。実際に神経細胞があることで灰色がかって見える部位だそうで、神経細胞体がないところは白く見えるんだとか。

結局、主人公の知人、リチーを見舞った現象は結局なんだったのか明らかにされていませんが、プルプルヌルヌルネバネバした、まったく別の生き物になってしまった彼のその後が気になります。

▲ミシガン州グランドラピッズに拠点を置く、ダニエル・バースという映像作家が手掛けたショートムービーが、割と原作に忠実なシナリオっぽいので、よろしければお召し上がりください(笑)


「戦場」(Battleground)

 〔<Cavalier>誌 1972年9月号掲載〕

この前半10作品のうちでお気に入りなのがこれ。プロの殺し屋レンショウに突如降りかかった災難。玩具会社から送られてきた小包から現れた小さな軍隊が、有無を言わさず彼を攻撃してくるという問答無用のシチュエーション。子どもの頃に、おもちゃのプラスチック製の小さなアーミー人形が「勝手に動き出したらどうなるだろう?」なんて妄想した人は、そこそこ居るような気がしますが、そんな子どもじみた妄想を、手に汗握る大人の物語にしちゃうのがキングの凄いところだな、と。『ガンダム・ビルドダイバー』シリーズや『ダンボール戦記』とか思い出しちゃいますね。

高層ビルの窓の外を伝って・・・というシーンは、なにかそれ自体をモチーフにした別の作品があった気がするのですが、思い出せません(-_-;) 

ラストは粋な(というと不謹慎ですが、風刺が効いた)エンディングになっています。

▲これも2006年に『Nightmares and Dreamscapes(スティーヴン・キング 8つの悪夢)』というオムニバスのひとつとして映像化されております。レンショーを演じるのは、最近でいくと『アベンジャーズ』で"サンダーボルト"を演じている、ウィリアム・ハート。多少展開は異なりますが、原作の雰囲気を再現できてると思います。上の動画は全編見れますので、お暇なときにどうぞ!


「トラック」(Trucks)

 〔<Cavalier>誌 1973年6月号掲載〕

こうしてみると、この頃のキングって"無機物が意志を持って暴れ出す"というプロットが大好きだったんだな、と思わずにはいられません。この作品もしかり。原因不明の理由によってトラック、あるいはそれに準ずる車が自我を持って暴走しだす、という物語で、ロードサイドのスタンド・ダイナーにたまたま居合わせた人々が巻き込まれてしまいます。

車なんだから燃料が切れるまで待っておけば安心! かと思ったら「給油しろ、さもなくば・・・」と脅されて、主人公たちはしぶしぶと彼らへの給油を続けるという、始まりも終わりも無い、モヤモヤ感満載の展開なんですが、あるいは、当時止めどなく拡がりつつあった車社会へのキングなりの警鐘の意味合いもあるのかもしれません。人が乗っていようがいまいが、車というのは本来凶器になりえるものだということを思い知らされますね。

読んでいて「なんで普通乗用車は大丈夫でトラック系の車だけがそうなるの?」という疑問が生じますが、1986年公開に映画化された『地獄のデビル・トラック(Maximum Overdrive)』では、その辺りを解消しようとしたのか、車だけでなく、ATMからドライヤーから自販機から飛行機まで、ありとあらゆる電子機器搭載のモノが暴走するという展開になっています。暴走の理由も、地球とニアミスした彗星が原因だということになっております。とはいえ暴走しない車とかもあって、結局良く分からないんですけど。

原作とはシチュエーションだけ共有していて、登場人物は全然違いますが、ド派手で楽しいし、なんならエミリオ・エステベス(下写真)が主役をしてたりと個人的には見所があるんですが、キング自身は自分が脚本も監督もしておきながら「最悪だった」と言っているシロモノです。随分と界隈でも酷評されたようですし、キング本人としては、いわゆる"黒歴史"作品化している模様。原作はコンパクトにまとまっててお祭り騒ぎで悪くないんですけどねえ・・・。ある意味キングらしいというか(笑) まあ、慣れないものには手を出さず、餅は餅屋ということなんでしょうな。

▼こちらも何か分かりませんが、YouTubeで全編無料で観れてしまいます(字幕・吹替無いけど)。

なんかかんだBlu-rayまで出ちゃってますが。

その後、1998年に『トラックス』というタイトルでリメイクされたようですが、これは未見。YouTubeでトレーラーを見る限りは、つまんなさそう(笑)


「やつらは時々かえってくる」(Sometimes They Come Back)

 〔<Cavalier>誌 1974年3月号掲載〕

若い頃、高校教師を目指していたというキングだからなのか、彼が描くハイスクールの描写はとてもリアリティがあって叙情詩的なんですよね。こちとら日本人でアメリカの学校とは全く違う青春だったはずなのに、なんか「あー、解るわ、その描写」と思うことが多々あります。この作品では、教師である主人公の目を通して、フラッシュバックのように高校の悪ガキどもとのやり取りが語られたり、亡くなった兄との思い出が語られたりするんですが、ありありと登場人物たちの感情と、その表情までもが映像となって思い浮かびます。そういうとこがキングの凄さだなと思いますね。

平凡なただの人間である主人公が、不条理な悪(今回の場合は幼い頃に兄を殺して、その後不慮の事故で死んだはずの悪ガキ3人組)と立ち向かう、というテーマはキングの作品の中に数々とありますが、これはその典型的なパターン。もちろん超常的な要素が入ってきますが、テンポよく進むストーリーにはぐいぐい引き込まれていきますね。過去と現在を行き来しながら語られる手法は、どこか『IT』を彷彿とさせたりします。

▼こちらも1991年にテレビ映画として映像化(日本では劇場公開)。これはそこそこ面白かった記憶があります。ウリ文句は"ホラー版スタンド・バイ・ミー"だったそうです(笑) 全然ちゃうんだけどなぁ・・・まあ、分かり易いんでしょう、その方が。YouTubeで英語版なら全編視聴できちゃいます。

映画版は主人公に子どもがいたり、悪の悪ガキ3人組に降りかかる災難のシチュエーションが違っていたりと原作とは異なる部分がありますが、物語としてはしっかり出来上がっていたと思います。

▼主役をはるティム・マシスンは、映画やドラマでちょいちょい見かける顔ですね。

▼なにより悪ガキ3人組の乗る車がいい! 55年型のシボレー・チェビーです。原作では"54年型のフォードの黒いセダンの改造車(ホットロッド)"となっていましたが、こっちのほうが断然いい。

原作では車体の側面に"サイコロの2の目"のペイントがあるという設定になってますが、こっちはまさにホットロッド的な炎のペイント(笑) 『ザ・カー』を思い出させますねー。

中古DVDがバカ高い(;'∀') 日本語版ではタイトルの頭に"ブロス"と付いてるんですが、これは主人公の兄弟のことを指してるのでしょうかね。調べても良くわからず。


「呪われた村<ジェルサレムズ・ロット>」(Jerusalem's Lot)

〔1978年 未発表作品〕

10通ほどの書簡のやりとりによって構成されている本作は、キングが敬愛してやまないラヴクラフトのクトゥルフ神話をモチーフにしていると思しき一作です。

主人公チャールズは自分の遠い祖先であるジェームズ・ブーンが邪悪な宗教の教祖であったことを、祖父であるロバートが書き残した日記で知ることになります。ジェルサレムズ・ロットという町は彼が平凡な人生を全うしたいのであれば、戻ってきてはならない場所だったのですが、それを知った時には時すでに遅く、彼は抗えない運命へ自ら飛び込んでいくことになります。

王道的なゴシックホラーな展開が続き、チャールズの祖先は吸血鬼?と思わせつつ、終盤でチャールズが唱える「名づけえぬ者、ヨグソグゴスの召使い! 宇宙の彼方から来られたるうじ虫よ! 星を喰らう者よ! 時を盲(めしい)にする者よ! Verminis(うじむしよ)! アライア! アライア! Gyyagin!」というセリフによって、彼の祖父が呼び出そうとしたものの正体を明かします。好きな人にはたまらない展開かもしれません。僕もキングと、そして菊地秀行のおかげで一時、ラヴクラフトの生み出した世界にどっぷりハマった時期がありまして・・・(笑)

この物語は、最後の書簡でニヤリとしてしまう作りになっています。詳細は延べませんが、差出人の名は"ジェームズ・ロバート・ブーン"なんですよね(笑)

キングはこの作品の前(1975年)に長編『呪われた町(Salem's Lot)』を書き上げていますが、この短編はそれの前日譚的な内容になります。そして1977年には『<ジェルサレムズ・ロット>の怪(One for the Road)』という『呪われた町』の後日譚も書いています(この短編は『Night Shift』に一緒に収録されています)。順番としては、これに従って読むのがいいかもしれません。

実は僕、『呪われた町』はまだちゃんと読んでいないのであった・・・(;'∀')


というわけで、2回に分けてお届けした『深夜勤務』のご紹介。これでもまだ『Night Shift』の半分です。残りの半分は『トウモロコシ畑の子供たち』という邦題でリリースされておりまして、現在、合間を見つけて読書中(笑)

で、この『深夜勤務』、冒頭に、アメリカ探偵作家クラブからグランドマスターの称号をもらったマルチジャンル作家のJ.D.マクドナルドが寄稿しているのだけど、彼がそこで述べている「作家になるには」というテーマの文章がなかなかタメになります。これから小説を書きたい人には是非読んでみて欲しい。

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